コーヒー豆の生産者をどう支援し続けるか――UCCがベトナムで品質コンテストを10年続けて得た手応えとは

ベトナム・ダラットで行われた2024年の「UCC品質コンテスト」で、エントリーした36農家の頂点に立った、チャン・ティ・フエさん(右)と夫。山峡に広がる彼らの農園は適度な日照があり、爽やかな風が吹き抜ける(写真はいずれもUCC提供)

気候変動の影響を大きく受け、世界中で2050年には栽培に適した地域が半減することも懸念されるコーヒー豆。毎年の作柄や為替相場などによって取引価格が乱高下するリスクが常にある中で、生産地をいかに支援し続け、消費者に一杯の美味しいコーヒーを安定して届けていくかは、コーヒー産業全体にとっての重要な課題だ。

生産者の意欲が下がれば、品質の低下を招き、品質が落ちれば価格も下がる。生産地がそんな負のループから抜け出すために、UCCグループが世界各地で20年以上にわたって続ける取り組みに「UCC品質コンテスト」がある。1次審査を通過した生豆は同社がプレミア価格で買い付ける仕組み。2021年からは評価にサステナビリティ項目を加え、どんなに高品質な豆を生産しても、農園の土壌管理や労働環境に問題があれば、大きく減点されるようになった。それによって、参加する農家は、品質だけではない、本当の意味での持続可能なコーヒー豆を生産することへの意識を高めている。

小規模な生産農家を支援するとは具体的にどういうことか。コンテストを開始して10周年を迎えたベトナムのアラビカコーヒーの産地、ダラットでの手応えを中心に、実際に世界のコーヒー農家の支援に飛び回る担当者に話を聞いた。(廣末智子)

品質コンテストに参加し、入賞を目指して切磋琢磨することは、ダラットのコーヒー生産者の大きなモチベーションになっている(2021年度の表彰式より)

上の写真で、満面の笑みを浮かべて、誇らしそうに賞状を持つのは、ベトナム南部のラムドン州ダラットで2021年に行われたUCC品質コンテストで上位入賞したコーヒー豆の生産者たちだ。ベトナムは近年、コーヒー生産量世界第2位に浮上。生産量の95%は主にインスタントコーヒーの原料となるロブスタ種が占める。その中で、比較的標高の高いダラットは、ロブスタ種よりも高値で取引されるアラビカ種の栽培に適していることから、UCCとしても、同地をアラビカコーヒーの生産地として育てていくことを狙いに、2015年から毎年コンテストを開催している。

コーヒーの未来を語り合うパネルディスカッション(上)や、学生による民族舞踊なども行われた2024年の品質コンテストの様子

同地でのコンテストは参加農家数も増えて影響力が増し、2023年からは地元ダラット大学の農林学部との連携で、大学の講堂を会場に行われるようになった。今年4月末にあった10周年の記念大会では、学生たちが民族舞踊を披露したり、UCCの担当者をはじめ、コーヒーに関わる現地の産官学の関係者がパネルディスカッションを通じてコーヒー産業の未来について語り合うなど、大いに盛り上がったという。

業界全体を良くしたい――きっかけは2001年の「コーヒークライシス」

ニューヨーク先物市場における、コーヒー豆価格の推移を表したグラフ(UCC作成)

ここで、同社の品質コンテストの流れを振り返る。それは2001年、ブラジルのエスピリットサント州で最初に行われた。当時の時代背景を、UCC上島珈琲・農事調査室 係長の日比真仁氏は、ニューヨーク先物市場における、コーヒー豆の価格の推移のグラフを指し示しながら説明する。コーヒー豆はこの50年、霜害や旱魃などの天候不順を原因に価格の暴落を繰り返してきたが、2000年以降は世界的な需要の高まりを受け、投機マネーの影響も受けるようになった。コンテストの始まった2001年は、過去最低価格である生豆1ポンドあたり41.5セントまで大幅に下落。当時の生産コストは1ポンドあたり70~80 セントで、生産者がコーヒーを栽培すればするほど赤字を生む状況に陥った。この出来事は「コーヒークライシス」と呼ばれる。

コーヒークライシスは、業界に激震を与えた。生産者の中にはコーヒー豆の栽培をやめたり、あるいは手をかけずに栽培する農家が増え、コーヒーの品質はぐっと下がった。待っていたのは、品質が低下すれば価格もさらに下がり、生産者の意欲も下がるという負のループだ。日比氏によると、UCC品質コンテストはこうした状況を背景に、「まずは、生産者が品質の高いコーヒー豆を作れば、それを適正な価格で買えるような仕組みを作ろう」と始まった。上位入賞者の生豆は、同社がプレミアを上乗せして買い付けるほか、賞金や農具などの副賞が贈られる。UCCとしては、出品者が努力を重ねることで品質が向上し、農家の収入が増え、個々のモチベーションが上がること、ひいては地域のブランディングにつながることを目的とする。いわゆる「トップ オブ トップ」と呼ばれるような、最高品質のコーヒーを求めるコンテストではない。

コンテストを通じて生産者とより良い関係を築き、活気あるコーヒー産地が世界に増えることで、同社は持続可能な調達を安定して行うことができる。世界に美味しいコーヒーが供給され続ける。現在、コンテストはブラジル、ベトナムのほか、グァテマラ、ハワイ、ジャマイカの5カ国で実施。ここで大事なのは、同社が「コーヒー業界全体を良くしたい」という思いを生産者と共有し、取り組みを続けていることだ。

2021年から評価にサステナビリティ項目を追加

コロナ禍では、送られてきた生豆のサンプルを日本で品評し、表彰はリモートで行うなどして継続してきたが、2021年には生産者にとって大きな意味を持つ、コンテスト内容の変更があった。この年、「よりよい世界のために、コーヒーの力を解き放つ」というパーパスを定めたUCCが、サステナビリティを推進する観点から、農薬の散布記録や保管状況など土壌の管理面、廃棄物や排水の適切な処理、労働環境の整備などを、評価の項目に加えたのだ。

それらの評価は事前の農園監査を通して行われ、100点満点のうち、80点が品質面、20点がサステナブル項目で評価される。日比氏によると、例えば、農園にトイレや休憩所があるかといった項目は、「それがなくてもコーヒー豆の品質には影響しないかもしれないが、そこで働く人たちにとっては大きな問題」であることを伝える意味合いがある。さらに、「消費国では最近特に、サステナブルな農業が注目されている」ことを生産者に実感してもらうためにも、コンテストは、どれだけ品質の良いコーヒー豆を作っていたとしても、サステナブルな項目で減点がなされれば、上位入賞は難しい立て付けとなっているのが特徴だ。

そこには「2030年までにUCC自社ブランドを100%サステナブルなコーヒー調達にする」というサステナビリティ指針を掲げる同社だからこその強い意志が垣間見える。

優勝者は他の農園の一歩先をいく、地域をけん引する農家

品質1位に輝くのはどの農家か――。緊張感が漂うジャッジの場面(左から2人目が中平氏、中央が日比氏)

今年のベトナム・ダラットでのコンテストに話を戻そう。エントリーした36農家は、小規模な家族経営の生産者ばかりで、うち6割が1次審査を通過した。コンテストはこの時点で市場価格よりも高い価格でUCCが買い取る仕組みで、今回は17ロット、約15トンが対象となった。そこからサステナビリティ項目を含めた2次審査が行われ、上位10ロットが会場でジャッジがなされる決勝に進出。100点満点中80〜85点でしのぎを削り、日比氏と、農事調査室室長の中平尚己氏ら国際資格を有するコーヒー鑑定士7人のジャッジによる厳正な審査の結果、チャン・ティ・フエさんが優勝。賞金2000万VND(ベトナムドン、約12万3000円)を手にした。

審査委員長の中平氏(右)から表彰を受けるチャン・ティ・フエさん

フエさんは、6回目の出品で、優勝は初めて。審査委員長を務めた中平氏によると、フエさんは「品質面でも、サステナブルな観点でもバランス良く、高得点を獲得し、今のコーヒー豆に対するニーズがよく分かっている。他の農園の一歩先をいく、地域をけん引する農家」だという。コンテストは毎年、入賞した農家を視察に行くのが決まりで、大会の翌日、日比氏と中平氏が訪れた際、フエさんが夫と二人で管理する農園は爽やかな風が通り抜け、コーヒーの木が青々と力強く育っていた。フエさんのコーヒー豆は今秋、日本国内のUCC直営のコーヒー専門店「カフェメルカード」で焙煎コーヒーとして提供される。

コーヒー産業を担う人材育成へ 地元の大学生に奨学金も

ダラットのコンテストでは、今回から新たに、UCCがダラット大学に対し、学生1人の1年分の学費として1500万VND(ベトナムドン、約9万2000円)をサポートする奨学金制度もスタートさせた。大学側が成績や家庭の事情等を考慮して学生を選出、1年間の学費を免除する仕組みで、ベトナムのコーヒー産業の未来を担う人材教育に役立ててもらうのが狙いだ。

ダラット大学の農林学部長(左)に、奨学金1500万VNDの目録が手渡された

2018年から世界各国の品質コンテストに携わる中平氏は、この10年のダラットでの取り組みの成果を、「年々出品されるコーヒーのレベルが上がり、今年の決勝ロットはすべてスペシャルティコーヒーの基準を満たすなど、生産者の品質改善に対する意識が根付いてきているのが感じられる。価格面でも10年前と比べて倍近くの落札価格となり、高品質なコーヒーが適正な価格で取引され、それがさらに良いコーヒーにつながる、という好循環が生まれ始めている」と語る。

昨年の優勝者の農場を今年訪ねると、新たに、労働者の休憩用建屋が建設中だったという

サステナビリティ項目を加えてからは、それ以前は全くなかった休憩所や水洗トイレが農園に設置されるなど、働きやすい環境が急速に整っていることも目に見える変化として表れているという。

コーヒーの品質に対する意識はかなり醸成されてきている今、課題は、「より付加価値の高いコーヒー豆を生産できるような技術指導をどう行い、取り組みを発展させていくか」(日比氏)。ベトナムでも気候変動の影響は顕著で、コーヒー生産地では「雨期と乾期の境目が少しずつずれ、収穫量が不安定になっている」(中平氏)という現状があるなか、今後、そうした傾向がさらに進み、インフレや国際情勢の変化に伴って価格が乱高下したとしても、生産者がそれに対応できるよう、強固な支援体制をどう確立し、継続していくかが問われている。

今回、話を聞いた日比氏と中平氏ら農事調査室のメンバーは、年間約3分の1から半分を世界各地のコーヒーの生産地を回って過ごす。品質コンテストを通じて、「コーヒー生産地としてはまだまだ発展途上にあるが、これからが有望な地域」への支援を強化していくためにも、生産地と消費者をつなぐ同社が自ら現地に足を運び、お互いに顔の見える関係を築いていくことの意義はとても大きいと感じた。

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