【佐橋佳幸の40曲】スターダスト☆レビュー「海月」根本要に抜いてみせたサハシ伝家の宝刀  アレンジャー佐橋佳幸の手腕が光るスターダスト☆レビューのアルバム「還暦少年」

連載【佐橋佳幸の40曲】vol.31 海月〜UMIZUKI〜 / スターダスト☆レビュー 作詞:根本要 作曲:根本要 編曲:佐橋佳幸

佐橋佳幸が全曲アレンジを手がけたスタレビ「還暦少年」

1981年にデビューしたスターダスト☆レビュー。83年デビューのUGUISSより、ほんのちょっと先輩格のベテランバンドだ。今や日本屈指の “長寿バンド” となったが、今なおパワフルにやんちゃに活躍中。そんなスタレビが2018年、前作『SHOUT』から4年ぶりにリリースした23作目のオリジナル・スタジオアルバムが『還暦少年』だった。佐橋佳幸はこのアルバムで全曲のアレンジのほか、ギターはもちろん、グロッケンなども手がけ全面協力。それだけに、このアルバムからあえて1曲を選ぶのは難しいよ… と、佐橋は大いに悩みながらも、ひときわ思い出深い曲としてアルバムのオープニングを飾る「海月〜UMIZUKI〜」の名をあげてくれた。

「僕のアレンジ曲で、要さんにいちばん驚かれたのはこの曲だったと思う。たしか『還暦少年』の中でも最後のほうにできた曲だったんじゃないかな。要さんが “これ、ちょっとアメリカンな、フォーキーな曲なんだけどさー” って聴かせてくれたの。“聴かせる” といっても、デモテープを作ってくるとかじゃないんだよ。要さんは実演派だからさ、もう、目の前で生でギター弾いて聴かせてくれるわけ(笑)。これがもう、いい曲でね。“この曲、バンドでやるのは難しいかな。バンドで何とかなるかな?” って言われた時、僕の中でパッとアイディアが浮かんだの。それで、“要さん、まかせてください。僕、ちょっとアイディアがあるんです” って言って。聴いてもらえばわかるように、僕、この曲ではジェフ・リンがプロデュースしたトム・ペティみたいなことをやろうと思ったんです」

秘伝のジェフ・リン・マジック

佐橋お得意の “和製ジェフ・リン・サウンド” 。そう。ELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)やトラヴェリング・ウィルベリーズのメンバーであり、名プロデューサーとしてもおなじみのジェフ・リンが編み出した珠玉の音像のサハシ版だ。かつてジェフ・リンの片腕として活躍したエンジニア、リチャード・ドッドと渡辺美里のレコーディングの際に知り合った佐橋は、彼から直々に秘伝のジェフ・リン・マジックを教わった。そのノウハウを活かしながら福山雅治「HELLO」山下久美子「TOKYO FANTASIA」など素晴らしい音像を生み出してきたのだったが…。

「そのとおり。リチャード・ドッドさんから教わったやり方を、ここでまたやったわけです。まずスタレビの事務所の会議室みたいなところで要さんの仮歌をレコーディングしたの。普通に “要さん、僕がギター弾くから歌ってください” って言って。テンポだけは、BPMきっちり合わせて歌ってもらって。それを持ち帰って、要さんの歌をPro Toolsに入れて。バンドで演ってる完成版とまったく同じことを、まず僕の打ち込みと自分のギターで全部やってみて」

「で、“こういうアレンジにしたいと思うんですけど ”ってみんなに送ったら、“何これ!? ” ってびっくりされた。最初は “こんなの、生演奏でやれるのかな” とも言われたんだけど、“絶対に大丈夫です” と。で、福山くんの「HELLO」のときと同じように、僕のデモテープの演奏をパートごと順番に生へ差し替えていったんです。あの洋楽オタクの根本さんが “どうしてこんなこと思いつくんだ?” って驚いたのは、うん、光栄でしたね(笑)」

そう。佐橋はここで “伝家の宝刀” を抜いてみせたのだった。

「あれだけベテランのスタレビさんも、こんなレコーディング方法は初めてだって言ってた。みんな、ものすごく面白がってやってくれました。スタレビって、すっごく練習するバンドなんです。この曲でも、僕の打ち込んだフレーズを完璧に練習して、すごく楽しそうに演奏してくれて。それもまた光栄でした」

スタレビならではのバンドサウンドへ

このアルバムのエンジニアを務めたのは本連載に何度も名前が登場している佐橋の盟友、飯尾芳史。佐橋が全幅の信頼を置く飯尾の奮闘でレコーディングは順調に進んだ。

「まずスタジオでいちばん響くところにドラム置いて、オンマイクとオフマイクをばーっと立てて。それで、ドラムとベースの ♪どっどっどっどっ… っていうプレイだけで持っていけるようなすごいサウンドを作りたいんだと飯尾さんに伝えたら、すぐに理解してくれて。で、まずはドラムから録っていった。で、次はベース、次はギター… そうやってドッドさん直伝のスタイルで作っていったら、もう、みるみるうちに僕がデモテープでシミュレートしたサウンドが、スタレビならではのバンドサウンドへと仕上がっていった」

「デモテープに打ち込みとかで入れた音をひとつひとつコツコツ差し替えていくんだけど、もともと完成したらああいうワイルドなロックサウンドになるように目論んで作ってあったから。もう、要さんも盛り上がっちゃってね。“この曲、こんなにロックさせることができるんだ” って言ってくれて。その言葉が忘れられない。こんなロックンロールな解釈で、でもちゃんとポップな曲ができるんだ、ポップだからといってシンセで支配されるサウンドばかりじゃないんだ… って。この曲、要さんの歌詞もめちゃめちゃいいし。大名曲ですね」

佐橋佳幸は根本要の相談役

『還暦少年』における佐橋のクレジットは全曲のアレンジャー。プロデューサークレジットは根本要になっている。が、気心知れた佐橋の存在は根本にとって大いに心強いものだったようだ。結果的に佐橋は、根本の相談役とも言うべき実質的なサウンドプロデューサー的な役回りを務めることになった。

「要さんはアレンジを頼んでくるだけでなく、タイトルのことから何から何までいろいろ経過を話してくれて、相談もしてくれて。僕も、いろいろ意見とかアイディアを自由に出させてもらったり。“どんな曲を作ろうか” というところから相談が始まって、後半になるとできあがった曲を並べて “あとはどんな曲があるといいですかね?” みたいなことも一緒に相談したり。ふたりで洋楽の曲をいろいろサブスクで聞きながら、“こういうのどう?” “お、いいね。そういえばこんな曲も好きなんだよ” みたいに、あーだこーだ。そのプロセスもとっても楽しかったですね。ほら、ふたりとも筋金入りのオタクだから。オタク丸出しの会話は止まらなくなっちゃうんだよ」

「Blues In The Rain」の忘れられない思い出

佐橋にとっても全曲が思い出深い『還暦少年』。「海月〜UMIZUKI〜」だけでなく、「Blues In The Rain」という曲にも忘れられない思い出があるという。

「この曲は最初、レイ・チャールズの「わが心のジョージア」じゃないけど、そんな感じをやりたいんだと言って聴かせてくれたの。“ああいう、古いブルースのレコードみたいな感じになるかな” って要さんから相談されて、すぐ僕なりにイメージが浮かんだんです。で、“わかりました。だったら、ちょっとコードいじっていいっすか?” ってお許しを得て、少しだけコード進行を変えさせてもらい、レイ・チャールズ臭をやや高めてですね(笑)。で、そうなるとやっぱり弦も入れたいよねぇってことになって、金原(千恵子)さんのストリングスセクションにも来てもらった。それだけでもう、ものすごくいい感じだったんですけど」

「さらに要さんが “じゃ、最後に勘太郎ちゃんに入ってもらっちゃおうよ” って言いだした。そう、なんと、ゲストで憂歌団の内田勘太郎さんに入ってもらうことになったんです。贅沢でしょ? 僕、勘太郎さんとはこの時が初めてだったんですよ。初めましてのご挨拶をした後で、“なんだか聴いたことないおしゃれなコード進行だから、オレで大丈夫なんかなーって思ったんだよ” って言われたなー。だから、“いや、もう、気にせず勘太郎さんはA7一発でお願いします!” と。“ブルースで、好きに弾いてくれたらあとはこっちでなんとかします” って。そしたらもう早かったよ。あっという間。本当に ♪ジャーンと一発でOK。その後、そのまま一緒に飲みに行きました(笑)」

自身、優れたギタリストでもある佐橋と根本要が、自分たちでギターを弾くだけではなく、あえて名手、内田勘太郎をゲストに招いてのスライドギターソロを入れる。スタレビというバンドの大いなる音楽愛を感じさせるプロデュースワークだ。

「この曲では、僕はほとんど弾いていない。とにかく、聴きどころは勘太郎さんと要さんのギターバトル。ほんと、最高だったなぁ。勘太郎さんとスタレビさんは同じレコード会社所属だったこともあって共通の関係者もいてね。要さんは、前々から知り合いだったの。今、勘太郎さんは沖縄在住だから、要さんと僕とでやっている “本日のおすすめ” で沖縄に行った時に飛び入りしてもらったこともあります。一緒に「Blues In The Rain」、やったんですよ」

究極のカバーライブ・シリーズ

ご存じのとおり、“本日のおすすめ” というのは洋楽オタクとして名高い根本+佐橋が影響を受けた洋楽曲を中心に演奏しまくり、観客におすすめする… という究極のカバーライブ・シリーズだ。

「 “本日のおすすめ” は2010年から始めて、しばらくは毎年のようにやっていたなぁ。最初の頃はふたりがホストみたいな感じでゲストを迎えて。だから、松(たか子)さんも出たし、マーチン(鈴木雅之)さんも出たし…。小田(和正)さんを交えた交流もあるんですよ。小田さんが松さんのために書いてくれた曲に要さんがコーラスで来てくれたことがあったり。要さんとはとにかく長い長い付き合いなんです」

この鉄壁の名コンビに、難波弘之(キーボード)、河村 “カースケ” 智康(ドラム)、根岸孝旨(ベース)ら腕ききメンバーを加えた “U168バンド” ことザ・チャイチーズのことも忘れちゃいけない。2022年4月には、まさかのデビューアルバム『噂のザ・チャイチーズ 日本の名曲演ってます』をリリース。ザ・タイガースから小泉今日子、山下達郎、サディスティック・ミカ・バンドまで、メンバーゆかりの名曲たちを爆演してみせた。

「チャイチーズも発起人は要さん。ある日、電話かかってきたの。“本日のおすすめ” のバンド版やりたいなと思うんだけど…って。ふたりの時と同じようにいろんなカバーをしまくって、その曲がどんだけ素晴らしいか説明するバンドをやろう、と。で、“メンバーはどうするんですか?” って聞いたら、“オレとおまえ、背、低いじゃん? だからさ、ちっちゃいミュージシャンだけのバンドにしよう” ってワケわかんないことを言いだして(笑)。ちょうどサッカーのU-23とか流行った時だったから、アンダーなんとかがいい、と。それで、“U-165バンドだ!” ってことになった(笑)。後に、カースケさんだけ168センチくらいあるのが発覚するんだけど、それを毎回MCで “身長詐称だ!” とかいじられてたのも笑ったなぁ」

「そんなふうに、要さんとは楽しいことをいっぱいしてきました。だから、要さんはいつも “いずれオレたちのバンドの面倒も見てもらいたい”(笑)とか言ってくれていて。それがやっと実現したのが『還暦少年』。まあ、厳密に言うと、実はスタレビのレコーディングはこれが初めてじゃなく。石やん(石川鉄男)がアレンジした「My Love」(2001年)ってシングルのAB面2曲では、僕がアコギ弾いてるんですよ。要さんが “オレはアコギがそんなに得意じゃないから誰かに弾いてほしいんだけど” って言ったら、まぁ、石やんだから当然 “じゃ、サハシ呼びましょう” ってことになったらしくて(笑)。そこからのご縁ではあるんだけど。いつかはスタレビさんの作品に本格的に関わる日が来るだろうなとはずっと思っていて。それがついに実現した、思い出のアルバムです」

アレンジャー佐橋佳幸の自信作

2020年には引き続き、現時点では最新アルバムにあたる『年中模索』にも参加して全編曲を担当。こちらも佐橋にとってアレンジャーとしての自信作だという。

「『年中模索』は時期的に完全にコロナ禍と重なっちゃったんだけど。これも本当にいいアルバムでね。ちょっと大滝(詠一)さんごっこやってみたりとか。これまた楽しいレコーディングだった。最後、ミックスが終わった時に “ミックスでさらにこんなに良くなるんだぁ” って要さんが喜んで。“オレはもう飯尾さんと佐橋としかできないカラダになってしまったかもしれない” とまで言ってくれた(笑)」

「うれしかったな。何本かツアーにも飛び入りしたんですよ。たしか2022年の仕事納めはスタレビの東北ツアーだったんじゃないかな。まだ感染対策の規制もあって、客席も半分しか入れられなかったりと大変な時期だったけど。“佐橋、応援に来てくれよ” って言われて、喜んで飛んで行きました。要さんとはこれからも楽しいことをたくさんやりたいですね」

カタリベ: 能地祐子

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