『虎に翼』全てが自分本位の寅子が“失ったもの” 上辺の関係となってしまった猪爪家

昭和26年、アメリカでの裁判所視察団に参加した寅子(伊藤沙莉)が帰国してきた。オードリー・ヘプバーンのようなピンクのワンピースを着た寅子は、多岐川(滝藤賢一)や久藤(沢村一樹)たちに現地で見てきた裁判所の状況を報告する。婦人職員の多さのほかにも、寅子が驚いたのは調査官の数。人手不足から日本が遅れていることを痛感する桂場(松山ケンイチ)らに、寅子は話し合いが訴訟になることの多いアメリカに対して、日本は調停の話し合いで解決できていることに「私たちが作ってきた日本のファミリーコートも捨てたもんじゃない」と嬉しい言葉を送る。「みなさん胸を張りましょう。子供たちとご家庭のために頑張りましょうね」と鼓舞する寅子だったが、『虎に翼』(NHK総合)第71話ではこのセリフが皮肉のように聞こえてくる内容となっている。

茨田りつ子(菊地凛子)の推薦の一言により、たちまち有名人となり多忙となっていった寅子。娘・優未(竹澤咲子)がテストで取ってきた“84点”という点数を褒めない寅子の態度を筆頭に、少しづつギクシャクしていく猪爪家の様子が映し出されていたが、それから時が経ち、この回では寅子の前だけいい子でいようと取り繕う子供たちと寅子とのすれ違い、知らず知らずのうちにできた溝が露呈する。

アメリカから帰国する寅子を歓迎する飾り付けを作る優未たち。直明(三山凌輝)から寅子の帰りが遅いことが告げられると、直治(楠楓馬)がギリギリまでのんびりできると話し、それに優未も笑顔で賛同する。花江(森田望智)がそろそろ寅子が帰ってくると呼びかけると、たちまち直人(琉人)、直治、優未の子供たちは読んでいた漫画をしまい、勉強をし始めるのだった。そんな勉強をするフリに直明が疑問を程すると、直人は「トラちゃんはこういうのが一番喜ぶんだよ」と答える。

優未に母への愛情がないわけではないが、「今もお勉強見てもらってたんだ」とお利口さんでいることを装うのは、優秀な女性裁判官である寅子を気遣っての行動だろう。過去に直明に話していた「優未とじゃキラキラしないから」のセリフが顕在化したのが今の状況だ。

寅子がアメリカ土産に買ってきたのは、英語で描かれた料理の本を花江に、「たくさん勉強して世界を広げてちょうだい」と英語で書かれた本を子供たちに渡す。さらなる勉強を強いられる形の子供たちは言葉が出ず、花江と直明が咄嗟にフォローするのだった。

そんな上辺だけの家族関係となってしまった猪爪家の異変を察知するのが、久々の登場となる記者・竹中(高橋努)だ。寅子の特集を雑誌で組みたいと猪爪家に取材にやってきた竹中は、寅子が普段を料理をしていないことを瞬時に見破り、よそ行きの笑顔で寅子を敬ってばかりの家族に、竹中は「ご苦労さんでした。ははははは」と苦笑するばかり。竹中と家を後にする寅子を見送った後、炊事場に残されたロールキャベツを作った後の汚れた調理器具を見つめる花江からは諦めと鬱憤が感じ取れる。

それでも家族としての形が保たれているのは、寅子が猪爪家の大黒柱として稼ぐ立場にあるから。「お金は私が十分、家に入れてるんだから」という寅子の言葉からは、だから家のことは花江に任せているとも取れ、その思いは先述したアメリカ土産にも滲み出ている。

竹もとで行われた、女性司法修習生たちとの対談。取材終わりに、寅子は修習生に「いい時代になったわ。私たちの時代には法律を勉強することすら、許されなかったんだもの。あなたたちは恵まれてるんだから頑張らないとね」と声をかける。今の寅子に欠落しているのは、相手の立場になって物事を考えられないこと。全ては自分目線で、自分語り。それはお土産にも、家族への接し方にも如実に表れている。すっかり鼻高々な寅子の変貌を、花江や竹中だけでなく、梅子(平岩紙)も気づいていた。
(文=渡辺彰浩)

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